まちづくり委員会 2025年度
第34回全国まちづくり会議inみやぎ 2日目
開催趣旨:「東日本大震災から15年 復興の形と記憶の継承」
-建築士会が関わった復興住宅の今と震災遺構を訪ねる-
日時 :令和8年1月31日(土)7:30~15:30
場所 :まちあるき 女川町まちなか交流館、女川駅、震災遺構旧女川交番
会議 女川町まちなか交流館
昼食 いしのまき現地いちば
見学 石巻市震災遺構門脇小学校、みやぎ東日本大震災津波伝承館
参加者 :109名(名簿より) 岐阜県からは3名
2日目は3台のバスに分かれて乗り、バスの中で1時間ほど「平成29年 女川DVD」「竹浦現状 2025.6.29 DVD」「竹浦の復興について ZOOM」を視聴しました。
女川駅・女川温泉ゆぽっぽ 女川駅から道の駅おながわを臨む
女川駅に着きバスのメンバーごとに昨日の講演の復習も兼ねながら説明を聞きつつ「道の駅おながわ」を歩きましたが、思っていた以上の坂でユニバーサルデザインの観点からみてしまうと障害者や高齢者にはきついかなという印象を受けました。ただ、高い堤防で海が見えなくなるのは嫌だというように、住宅地を守りながら海が見えるという景色は晴れていてとても気持ちの良いものでした。
まちあるきの最後には、東日本大震災の津波で横倒しになった【旧女川交番】を震災遺構として保存ている場所にも行きました。津波で転倒した当時の姿のまま「見守り保存」という手法で保存されています。この方法では、風雨や塩害による自然な経年劣化もある程度許容し、それが震災の現状を物語る一部としています。鉄筋コンクリート造の建物が津波で転倒した事例は、日本で初めてであり、世界的にも珍しいとされています。
女川町では、震災遺構の保存について、町民の意向、学術的な価値、新しいまちづくりとの位置づけ、そして維持管理上の課題など総合的に判断し、この方針を決定しました。周辺には、震災前の街並みや被災状況、復興の歩みを示すパネルが設置され、来訪者が震災を学べるように整備されています。町民の方の中には見たくないという方もみえ、道の駅の部分や道路からは見にくいように配慮されていました。
旧女川交番周りを一周できる 杭ごと転倒した旧女川交番
車椅子での見学の方はスロープで一周した後は階段になっているのでもう一度来た道を帰らなければならないというのは少し残念でした。
見学の後には、女川町まちなか交流館で「女川町竹浦北地区の復興とまちづくり」として女川町竹浦行政区 鈴木成夫元区長さんに講演して頂きました。こちらの地区は建築士の支援活動の元に復興しています。高台に移転し、景観ルールに沿って建築すると美しいまちなみにということで屋根・壁面・緑化等に気を付け住宅を再建したそうです。全員がそのルールに沿ってということま無理だったそうですが、写真を見ると美しいまちなみを形成していました。こちらは見学出来ませんでした(たぶん大型バスでは行きにくい)が一度見たいと思いました。
女川町まちなか交流館 講演「女川町竹浦北地区の復興とまちづくり」
女川町を離れ、昼食・閉会挨拶をする「いしのまち元気いちば」へ行きました。そばにあった石ノ森漫画館も津波の被害にあっています。行きたかったですが、川を渡るのに時間が掛かるため自由時間中に回れないので断念しました。
石ノ森漫画館をバックに集合写真 海鮮丼セット(みんな同じものが用意)
昼食後はまたバスで移動し石巻市震災遺構門脇小学校とみやぎ東日本大震災津波伝承館へ行き、ここでは自由見学でした。
【震災遺構門脇小学校】は、津波被害に加えて津波火災の痕跡を残す国内唯一の震災遺構です。
保存方法と補強については、最も火災被害が大きかった中央部分の校舎が、耐震補強を施した上で保存されています。これにより、津波の威力と火災の恐ろしさを伝えています。施設機能としては、焼け残った屋内体育館と特別教室棟は展示館として一体的に整備され、震災の凄惨さが実物を通して感じ取れるようになっています。財源は施設の永続的な維持と震災遺構としての機能保持のため、入館料などの費用が充てられています。市は、地域住民や有識者などの幅広い意見を収集し、保存方法を決定しました。
チケット売り場までに階段がありそこをどうするかは不明でしたが、中はエレベーターが設置されていて車椅子の方でも全展示を見ることができるようになっていました。衝撃だったのは、火災が迫る中、校舎からの脱出をした場所でした。裏山に続く間知ブロックまではかなりの距離・高低差があり、そこに教壇を立てかけたような状態で脱出したというのは驚きでした。実際に使われていた仮設住宅も展示してあり、過酷な生活だったことが分かりました。
火災から逃れるため脱出した実際の場所 仮設住宅の展示
【みやぎ東日本大震災津波伝承館】は石巻南浜津波復興記念公園内にある震災の記憶と教訓を未来に伝えるための拠点施設です。「かけがえのない命を守るために、未来へと記憶を届ける場」を運営コンセプトに、震災の記憶、教訓、そしてそこからの復興の過程を伝え続けています。
運営体制としては、宮城県が運営主体となり、地元住民や関係機関と連携しながら、展示解説、企画展示、誘客行事、情報発信などを行なっています。東北大学災害科学国際研究所とも連携し、語り部の育成にも力を入れています。
展示内容は津波発生当時の映像、被災者の証言、地元住民のコメントなどを通して、津波の恐ろしさや「逃げる」ことの重要性を学ぶことができます。
この伝承館のある場所は住宅地が広がっていて、津波被害予測0mだったそうですが、実際には伝承館の屋根の一番高い6.9m部分まで津波がきたそうです。
みやぎ東日本大震災津波伝承館 若い語り部の方の説明を聞く
震災遺構の維持管理は、複数の共通課題に直面しています。震災遺構は時間の経過とともに劣化が進みます。門脇小学校は以前にはいまよりもっと火災の焦げ跡が黒く残っていたようですが、だんだん白くなっています。遠くからですと普通の小学校にみえました。内部も窓ガラスが割れた状態で保存しているので風雨にさらされています。
震災遺構門脇小学校 窓ガラスが割れたままの教室
また、維持管理には多額の費用が必要となります。例えば、山元町の中浜小学校では年間2500萬円の維持費用に対し、入館料収入が850万円であるなど、財源確保が大きな課題です。
他にも風化と来訪者の減少があります。コロナ禍を経て来訪者が減少傾向にある施設もあり、震災の記憶が風化する中で、いかに多くの人に訪れてもらい、教訓を伝えるかが課題です。
保存方針の合意形成も重要です。破壊された建物を保存するか解体するか、保存するとしてどのように残すかについては、感情的な問題を含め、地域住民や遺族の間で様々な意見があり、合意形成が難しい場合があったようです。
今回の見学に際し、減災と伝承の継続が重要だと感じました。
東日本大震災の経験を風化させず、次世代に伝えていくための「震災伝承」の取り組みが各地で進められています。
震災遺構の保存、慰霊碑や追悼施設の整備、震災をテーマとした博物館・資料館の設置などは、実体験として災害への備えを学ぶ貴重な機会を提供しています。
被災者の生の声を聞く語り部活動は、震災の記憶をより具体的かつ感情的に伝え、防災意識を高める上で大きな役割を担っています。私のグループを案内していただいた語り部の方はお若く20代にみえました。震災当時はまだ子供だった方々がこうして語り継ぐことの大切さを感じました。
東日本大震災は、私たちに災害リスクを正しく認識し、日頃から備える「防災意識社会」への転換を強く促しています。
2日間ハードスケジュールでしたが、とても身になる2日間でした。
来年度は京都で全国まちづくり会議が行われるそうです。まちづくり委員会の一員となって色々な体験をし、身になる情報を一緒に得ましょう。
